
SRIが運営する量子経済開発コンソーシアムの最新版報告書によると、量子産業は成長を続けており、2024年の量子コンピューティングと量子センシングの収益は15億ドル近いと見込まれている
量子テクノロジーとは、光と物質の原子レベルで発生する特有の物理現象を利用して、根本的に新しい方法で情報を処理する技術です。このテクノロジーはコンピューター処理の高速化に加え、医療診断やナビゲーションの精度と感度をこれまで以上に高めたり、ネットワークや通信の暗号化を劇的に改良したりする可能性を秘めています。
SRIが運営する量子経済開発コンソーシアム(Quantum Economic Development Consortium:QED-C)が編纂した、世界の量子産業の現状に関する新しい報告書は、このダイナミックな新興産業の鼓動を伝えています。
QED-Cのエグゼクティブディレクターである SRIのCelia Merzbacherはプレスリリースで、「The State of the Global Quantum Industry(意訳:世界の量子産業の現状)と題したこの報告書は、この量子産業界が健全であること、そして成長していることを示しています。現在の軌道をたどっていけば、量子テクノロジーは今後も世界中の人々の生活を向上させていくでしょう」と述べています。
量子産業の規模はどのくらいなのだろうか
QED-Cが発表したこの報告書の主な目的の一つは、現在の量子産業の範囲と規模を一目で理解することです。
この報告書によると、2024年時点で、量子テクノロジーに取り組む企業は6,000社を超えており、量子テクノロジーのみに特化した企業(「pure-play」企業)が513社、量子テクノロジーにリソースの一部を割り当てている組織が5,989機関(大学や研究所、既存テクノロジーに携わる企業が多く含まれる)となっています。そして、pure-play企業は米国が148社と圧倒的に多く、英国、カナダ、ドイツ、フランスがこれに続きます。
量子関連企業全体では、37%が量子ハードウェアやコンポーネント、15%がソフトウェア、15%が量子通信とセキュリティに取り組んでいます。量子イメージングと量子センシング(9%)、および、量子コンピューター(6%)に特化している企業の割合は比較的少ないです。
「2024年の量子コンピューティングと量子センシング産業の収益は15億ドル近くに達しており、今後数年間は年率約25%で成長すると見込まれていることから、量子経済が現実のものとなっていて、様々な分野に大きな影響を与える勢いであることは明らかです」―Celia Merzbacher
この報告書では、量子に特化した組織やプロジェクトが普及するにつれて、この分野が雇用に及ぼす影響も追及しており、現時点で1万4500人を超える専門家がpure-playの量子関連企業で働いていると見込んでいます。このうち約25%がエンジニアリング、12%が情報技術、12%が研究分野、12%が事業開発に従事しています。全種類の組織をすべて合わせると、量子関連の雇用は20万人に上ると推定しています。
この報告書ではまた、エンジニアリングやコンピューティング、物理学、またその他の分野で量子に特化した大学院プログラムを提供する大学が増加しており、トレーニングをうけた量子関連の専門家のパイプラインを形成するのに一役買っていることを指摘しています。
量子に関する投資と収益を追跡する
民間ベンチャーキャピタルの量子産業に対する投資は、2023年にいったん落ち込んだ後、2024年には過去最高の26億ドルに達しました。この資金の大半を占める約17億ドルは、米国に拠点を置く量子関連企業が調達したものです。
一方、量子研究とイノベーションに対する公的資金は、世界全体で445億ドルに達したと推定されます。このうち150億ドルは中国からと推定されており、過去5年間では量子関連特許の半数以上が中国から出願されています。そして、米国政府は量子テクノロジーに77億ドル、英国は43億ドルの公的資金を投入しています。
量子コンピューティング市場の2024年の収益は10億7000万ドルで、2027年には22億ドルに成長すると予測されています。このテクノロジーは、化学業界や医薬品業界、そして金融サービスなど複数の分野で活用されるだろうと見込まれます。
量子センシングは市場の比較的小さな部分を占めており、2024年の推定収益は3億7500万ドルですが、今後5年間は安定した成長が見込まれています。現在最も需要のある量子センサーは原子時計であり、地理的空間のナビゲーションや遠隔通信(テレコミュニケーション)、金融サービスを改善できるような超精密測定を提供しています。この報告書では、量子センサーの世界市場が医療分野や防衛関連、そして先端製造業への応用が加わることによって牽引されるだろうと述べています。
量子イノベーションの次段階
Merzbacherは次のように述べています。「量子テクノロジーを活用する量子経済が到来しています。量子業界全体の数多くの企業において、収益と投資が拡大し、高技能職の雇用が増加しており、この傾向は今後も続いていくと思われます。量子の世界では物質の振る舞いが現行のマクロスケールの世界とは異なるため、量子の専門家ではない投資家や政策立案者には量子テクノロジーの理解や評価が難しいのではないでしょうか。しかし、今日のトップクラスの量子イノベーターたちが積み重ねている進歩は議論の余地がありません。2024年の量子コンピューティングと量子センシング産業の収益は15億ドル近くに達していますし、今後数年間は年率約25%で成長すると見込まれていることから、量子経済が現実のものとなっており、様々な分野に大きな影響を与える勢いであることは明らかです。この産業の現段階と、イノベーションのフライホイール効果を支えられるような収益をあげるようになる未来とのギャップを埋めるには、官民双方の投資が不可欠です。市場が成長すればするほど、多様な製品や強靭な量子サプライチェーン、そして量子に関する高度なトレーニングを受けた人材が必要となります。QED-Cでは、信頼できるグローバルなコミュニティを構築することで、次なる段階により早く到達することを目指しています」