
移動可能な医療プラットフォームの開発に取り組み、アメリカの地方部の医療アクセスと健康状態の改善を目指す
米国の地方医療は転換期を迎えています。連邦政府の医療高等研究計画局(ARPA-H: Advanced Research Projects Agency for Health)によると、主に農村部にある100以上の病院が過去10年の間に廃業しており、さらに600の病院(農村部の全病院の30%)が経営難により廃業の危機に瀕しています。そして、農村部の人々の健康状態は、都市部の人々よりも悪いというデータも存在するのです。
この切実な医療格差の是正を目指し、ARPA-Hは「分散・統合医療への農村アクセスを加速するプラットフォーム(PARADIGM: Platform Accelerating Rural Access to Distributed and Integrated Medical Care)」というプログラムを立ち上げました。PARADIGMのビジョンは、がん検診からCTスキャン、そして妊婦健診に至るまで、高度な病院レベルの医療サービスを遠隔地で提供できる、車両をベースにしたプラットフォームを作るという極めて壮大なものです。
SRIは先日、ARPA-Hに関する契約を受注し、PARADIGMプラットフォームの医療機器を電子カルテ(EHR: Electronic Health Records)に接続するソフトウェアシステムと、医療従事者が臨床処置を行う際の意思決定をリアルタイムで支援するタスクガイダンスシステムという2つの主要要素を提供することになりました。
PARADIGMのビジョン
ARPA-Hによると、PARADIGMプラットフォームの構成要素は、地方での医療提供に関するさまざまな課題を解決できるように設計されます。
例をあげると、この車両と大規模な医療システムを接続する安全なデータパイプラインは、人工衛星でつながるインターネットを使って構築します。また、このプラットフォームのソフトウェアシステムは新しい医療機器を遅滞なく搭載できるよう、そして患者さんの電子カルテの記録と統合できるように設計されます。小型の放射線機器(据置型のCTスキャナーを小型化したものを想像してみてください)は、ARPA-Hが「画像診断の地方砂漠」と呼んでいる手薄なところを埋めてくれるでしょう。そして、AIを搭載したインテリジェント・タスク・ガイダンス・ツールがあることで、このプラットフォームは複数の医師や看護師を必要とすることなく、医療従事者一人で操作できるようになります。
最終的に、これらのシステムは遠隔医療と同様の便利さを保持しつつ、病院レベルの医療を費用の面でも効率よく提供するプラットフォームに統合されなければなりません。
医療データのポータビリティという課題を解決する
PARADIGMが解決しなければならない課題の1つは、患者さんの医療記録が複雑であるということです。2つの医療システムが同じエンタープライズソフトウェアのプラットフォームで作動していても、シームレスにデータを交換することは難しいのです。各システムの実装は高度にカスタマイズ化されていることが多いことから、データフィールドの不一致が山のように発生してしまいます。
システムは多数の医療機器で構成されていることもあり、これらが電子カルテの各種システムと接続しなければならないとなると、困難さは増すばかりです。
この課題を解決するにあたり、SRIはBayLibreと共同で、PARADIGMプラットフォーム向けにPOETと呼ばれる新しい医療IoT(モノのインターネット)システムを構築しています。POETは、SRIの10年にわたるAI分野での経験や自動化の技術、そして国防総省に提供したシステムの相互運用性に関するソフトウェアソリューションを基に、様々な種類の医療データを統合する新しい方法を追求しています。POETは多くの医療機器にシンプルな「プラグアンドプレイ」形式をオンボードすることを目指していますが、これと同時に、悪意のある者に狙われることが多くなっている医療システムを保護するように設計したサイバーセキュリティに関するプロトコルも組み込もうとしています。
タスクガイダンスで医療の効率を高める
PARADIGMプログラムで構想している移動診療ユニットについて、複数の医師や他の医療スタッフが何時間もかけて移動しなければならないのでは、費用対効果が低くなってしまいます。
この課題に対応すべく、SRIはメイヨークリニック(Mayo Clinic)とフロリダ大学と共同で、最新のAI技術を用いたインテリジェントなタスクガイダンスシステムを開発しています。このガイダンスがあれば、各医療機器の専門家がいなくても、一般的な医療従事者が様々な機器を使って臨床処置を行うことができます。多様な臨床処置に対応できるように、かつ、使いやすく設計されたこのソリューションは必要な研修を少なくするとともに、地方でのアクセシビリティを高めて医療効率を向上させることができ、最終的には患者の転帰を改善しながらコストも削減できます。
地方の医療に明るい未来を
地方の医療に存在する空白をすべて埋められるようなソリューションは存在しませんが、近接性が重要な鍵を握ることは明らかです。今日の世界トップクラスの医療技術を享受するには、その人が今いる場所で対応できるソリューションが必要不可欠です。クリニックや病院が地理的に分散して存在することは、その一助となるでしょう。PARADIGMは、この隙間からこぼれ落ちざるを得ない多くの医療状況に対して、力強く前を進んでいく道筋を提示できるものなのです。
この研究は、米国政府から一部資金提供を受けています。この文書に含まれる見解と結論は著者に帰属するものであり、明示または黙示を問わず、米国政府の公式方針を代表するものと解釈されるものではありません。