SRIの75年間のイノベーションについて:キャッシュ・マネジメント・アカウント(CMA)


金融商品を集約して効率化する世界初のCMA


「75年間のイノベーション」シリーズでは、SRIが設立された1946年から現在に至るまでの数々の画期的なイノベーションを取り上げます。SRIの英語ブログでは、2021年11月の75周年を迎える日まで、毎週1つずつイノベーションに関する記事をリリースしています。この日本語ブログでは、その中からいくつかを日本語にてご紹介します。

マネーは世界を回し、CMAは金融フローを作る

1977年、メリルリンチ(Merrill Lynch)はCMA(キャッシュ・マネジメント・アカウント)として知られるコンセプトで勝負に出ました。銀行と証券会社のサービスを融合したこのワンストップの金融サービスは、業界に革命をもたらし、ウォール街をはじめとする世界の様相を一変させたのです。これを実現するために、メリルリンチはSRIインターナショナルの専門知識と決定分析の概念に注目しました。

金融戦略におけるキャッシュ・マネジメントの決定分析

キャッシュ・マネジメント・アカウントという概念は、法的な検討事項、金融商品、顧客とのやり取りや顧客の期待感など、変動的な要素が数多くあります。これを解決するには、「決定分析」(Decision Analysis:DA)と呼ばれる数理モデルが有効であると考えられました。キャッシュ・マネジメント・アカウントの構築は、SRIインターナショナルのFinancial Industries and Strategic Methodologies CenterのディレクターであったDr. Carl Spetzlerに委ねられたのです。Spetzler博士はこの「決定分析」を専門としており、1975年には「Probability Encoding in Decision Analysis(意思決定分析における確率エンコーディング)」と題した手法に関する論文を執筆しています。この論文では、専門家の見解を提示するため、専門的な知識や一般的な知識を確率分布に変換する「確率エンコーディング」という手法について述べています。言い換えれば、ある行為の結果に対する専門家の見解を定量化かつ定性化する方法です。決定分析の考え方を適用すれば、最適な結果を得るべく、意思決定の選択肢を情報に基づいて比較することができます。

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1974年、当時SRIインターナショナルの社長だったCharles Andersonは、Spetzler博士が有する決定分析の知識がファイナンシャルマネジメントに興味深い見解をもたらすのではないかと提案しました。Spetzler博士がメリルリンチにこのアイデアについて持ち掛けたとき、メリルリンチは当初懐疑的だったというエピソードがあります。しかし、メリルリンチはすでに金融サービスの革新者でした。独立したブローカーではなく、15,000人のファイナンシャルアドバイザーのネットワークを活用するなど、競合他社とは異なる手法を試みて成功を収めていました。これは、知識の「一元化」と「統合」が成功するという兆しを早々と示していたのかもしれません。

メリルリンチは、Spetzler博士とそのチームとともに投資口座と取引口座を組み合わせ、小切手発行とクレジットカードの機能も加えたキャッシュ・マネジメント・アカウント(CMA)を設計しました。クレジットカードはパートナー銀行のBank Oneが発行しました。CMAは当初、マネー・マーケット・ファンドを扱うブローカー口座(証券口座)でした。高金利だった当時、投資家のリターンを最大化するためにこの口座に預金機能が追加されたのです。マネー・マーケット・ファンドを採用したことにより、顧客は当座預金口座を経由して資金を引き出すことができるようになりました。両口座間で資金のやり取りや管理を行うことで、顧客は金融商品をより柔軟に利用できるようになったのです。

キャッシュ・マネジメント・アカウントがムーブメントとなった

サービス開始から4年後の1981年には、CMAの口座数が30万件に達しました。そして、CMAを利用する顧客は1980年代半ばには100万人を超えたのです。2000年末にはメリルリンチだけで250万件超のCMA口座があり、総資産額は約6,600億ドルに達しました。

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CMAのコンセプトは、メリルリンチの競合他社でも多くの類似商品を生み出しました。サービスや商品の「簡素化」と「集約化」のメリットに惹かれて、業界内の他社もCMAのムーブメントに乗ってイノベーションを起こしたのです。口座を集約することで支払いがしやすくなり、自動車保険や住宅総合保険(火災保険)など複数保険商品の月々の支払いを同一コンピューターシステムで一度に済ませることができる「ファミリーアカウント」というアイデアも登場しました。金融口座の簡素化、管理、集約の動きには、多くの金融サービスや銀行が次々と加わったのです。SRIとメリルリンチは、まさに「変化の波」を起こし、現在も私たちはその恩恵を受けています。

マネーと金融サービスの簡素化を推し進める動きは今も続いています。フィンテック企業やチャレンジャーバンク(※)は、PSD2(欧州委員会制定の決済サービス指令)などの規制に沿って、よりシンプルにお金を管理し、集約した金融商品を最大限活用できるような方法を構築しようとしています。イノベーションの鍵となるのは、顧客体験(カスタマー・エクスペリエンス)であると考えられています。新規イニシアティブの1つであるオープンバンキング(又はオープンバンクデータ)は、複数の銀行口座を1つのモバイルアプリに集約することができます。これは、最新の方法でCMAの背後にあるイデオロギーを新しい時代に向けて展開しているのです。

2006年、SRIインターナショナルはSpetzler博士の「意決定分析の研究とCMA開発」への貢献を評価してアルムナイ(SRIの離職・退職者)の殿堂入りを決定しました。

参考資料:

※チャレンジャーバンクとは:銀行業務ライセンスを取得し、当座預金、普通預金、住宅ローンなど既存銀行と同じサービスをすべてモバイルアプリ上で提供するモデル

ABA Banking Journal, 25 Years Later Merrill’s CMA Is Still Making Waves: https://www.questia.com/library/journal/1G1-106650225/25-years-later-merrill-s-cma-is-still-making-waves

CS Monitor, Merrill Lynch comes to golfers’ rescue, July 1981: https://www.csmonitor.com/1981/0714/071437.html

Carl S. Spetzler, Carl-Axel S. Staël Von Holstein, (1975) Exceptional Paper — Probability Encoding in Decision Analysis. Management Science 22(3):340–358. https://doi.org/10.1287/mnsc.22.3.340

SRI International Alumni Hall of Fame: https://archive.sri.com/about/alumni/members-alumni-hall-fame

Merrill CMA Fact Sheet: https://mlaem.fs.ml.com/content/dam/ML/pdfs/ml_cma-fact-sheet.pdf


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