がんと闘うための新しいプレシジョン免疫療法に取り組むSRI

ヒト膵臓組織におけるSRI分子誘導システムの免疫組織化学染色


標的抗原負荷リポソーム(TALL: Targeted Antigen Loaded Liposomes)プラットフォームは、効果的かつ個別化したがん治療の新時代をもたらす可能性を秘めている


膵臓癌やトリプルネガティブ乳がんなどの固形癌患者は、治療の選択肢が身体を衰弱させるような化学療法や放射線療法などに限られることが多いです。従来のがん治療法は、がん細胞を特異的に標的とすることができないため、治療効果に大きな限界があるとともに、患者には副作用やネガティブな転帰を残す可能性があります。

SRIの研究者たちは、「がん」、特に固形癌に対する新しい標的免疫療法の研究に取り組んでいます。標的抗原負荷リポソーム(TALL: Targeted Antigen Loaded Liposomes)と呼ばれるこのテクノロジーは、リポソーム(脂質で構成された小さな球状の小胞)を活用しており、標的とする細胞に合成抗原を制御下で正確に送達させる新しい治療法です。従来の免疫療法はがん細胞に対する特異性に欠けており、健康な細胞には副作用を引き起こしてしまいますが、TALLは従来の免疫療法に比べ、より効果的かつ個別化した治療法となります。

SRIのバイオサイエンス部門に所属し、TALLプログラムの主任研究者であるIndu Venugopalは次のように述べています。「これらのがんに対する従来の治療法は、がんが早期に発見されない限り、効果が低いことが多いです。また、これらのがんの患者に提供される種類の治療法は、身体が衰弱してしまうような副作用をもたらすことが知られています。その理由のひとつは、治療法のターゲティング(標的)に特異性がないことです。SRIのTALLシステムは、SRIのFox Threeプラットフォームのペプチド性リガンドを標的への送達に活用することで、この問題を解決しています」

TALLでは、既知の抗原を担持したリポソームが腫瘍組織を標的として操作されます。この腫瘍へのターゲティングにより、抗原送達の効率と精度が向上するのです。このリポソームが標的とするがん細胞内に入ると、封入された抗原はその細胞によって輸送され免疫系に提示されることで、その腫瘍に対して特異的に標的化した免疫反応が活性化されます。がん細胞を直接標的とすることができないことから効果に限界がある従来の治療法とは異なり、TALLは抗原を局所的に送達することで免疫系の認識と反応を高めており、より効果的で効率的な免疫療法を実現することができるのです。

TALLの斬新な特徴のひとつは、個人の既存ウイルス免疫を活用して免疫系に集中させ、強力な抗がん反応を活性化させることです。MMR(麻疹、おたふくかぜ、風疹)ワクチンを接種している患者は、すでに麻疹ウイルスを侵入者として認識する素地ができています。TALLでは、リポソームに麻疹ウイルス由来の合成ペプチドを封入し、がん細胞に送達させます。一度麻疹ペプチドが免疫系に認識されると、記憶あるいは二次免疫反応によってその細胞が破壊されるのです。

「がん細胞を、麻疹ウイルスなどの病原体に感染したかのように見せかけることは、がんと闘うためにヒトの免疫システムを活性化して利用するというTALLのコンセプトの中核をなすものです。しかし、これを達成するのが難しいのです。麻疹ウイルスが選ばれたのは、このウイルスに関する文献が多くあること、そしてよく研究されているからです。麻疹ウイルスに由来する配列の抗原性ペプチドは、癌細胞に取り込まれると強力な二次的抗腫瘍免疫反応を活性化することができます。」とVenugopalは述べています。麻疹ペプチドに関するこの包括的なデータ群は、VenugopalとそのチームがTALLの治療基準に最も適合する抗原性成分を選択するのに役立ったのです。SRI独自のFox Threeプラットフォームを利用したTALLの高度に標的化された性質と、かつて遭遇した経験のある抗原を利用するという斬新なアイデアは、免疫療法の中でもTALLを独自なものにしています。

TALLの成功にあたり、開発段階中に課題がなかったわけではありません。大きな課題となったことのひとつは、効率的な標的化と抗原放出を確実にするために、サイズや表面修飾、安定性などについてリポソームの設計を最適化することでした。さらに、適切な抗原を選択し、がんの免疫反応メカニズムを理解することは、望ましい治療効果を得るために極めて重要でした。

SRIのTALLソリューションには、ワクチン接種か感染かを問わず、大半の人がすでに遭遇している抗原を使った標的送達を可能にすることで、免疫療法と精密医療を強化・前進させようとする独自の特徴があります。これにより、治療効果の向上や副作用の軽減、そしてより幅広い患者層に免疫療法を提供できるようになります。「TALLは単独治療でも肺癌、トリプルネガティブ乳癌、膵臓癌の増殖に対し、これを大きく抑制することが示されていますが、チェックポイント阻害剤など他の免疫療法と併用して組み合わせると、さらに強力な抗がん療法を生み出すことができるのです。化学療法や放射線治療といった身体を衰弱させるような従来の治療法に代わる治療法として、我々自身がもつ免疫系の反応を活用することができるようになればと期待しています」とVenugopalは述べています。


Read more from SRI